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東京地方裁判所 昭和32年(レ)130号 判決

控訴人 久保清

被控訴人 松川喜久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙目録表示の建物部分を明け渡し、昭和二十九年六月一日から明渡ずみに至るまで一ケ月金二万円の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠の提出、認否はすべて原判決の摘示するところと同一であるから、これをここに引用する。

理由

一、被控訴人が、昭和二十九年六月、係争建物部分につき占有を開始し、その後これを継続していることは当事者間に争がない。そこで、この占有開始が控訴人の占有を侵奪したものであるとする控訴人の主張の当否を検討する。

先ず、控訴人が昭和二十年五月原判決別紙目録表示の建物一棟をその所有者たる被控訴人より賃借し、他の部分と共に係争建物部分の占有を始めるに至つたことは、当事者の一致して肯定しているところである。そして、成立に争のない乙第二号証の一乃至五、同第五号証、原審における証人近藤音次郎並びに遠藤芳信の各証言に徴すれば、係争建物部分に対する控訴人のこの直接占有は、その後被控訴人に無断で福田つた、鈴木真を経て、昭和二十五、六年頃奥田和夫に移つたが、同人は係争建物部分を二室に区切り、そのうち向つて右側の一室の占有を昭和二十八年十二月頃更に出町正策に移したこと。昭和二十九年六月、被控訴人が係争建物部分の占有を取得した当時、同部分は閉めきられてはいたものの、出入口に施錠はなく、また何人かによつて使用されているような形跡は見られず、たゞ炭俵二俵と、板十二、三枚とが放置されているにすぎない所謂空屋の状態であつて、火災、盗難の予防上危険すら感ぜられるほどであつたこと。控訴人は昭和二十五年頃から当時まで被控訴人に対し家賃の支払を全くなさないばかりでなく、その行方も明らかでなかつたこと、等を認めるに足りる。そこで、かような事実関係の下において、係争建物部分に対する直接占有が控訴人から他へ転々したことを捉え、それだけで控訴人はその占有権を喪失したものとなすことは、これらの占有移転が一応転貸借関係に因るものの如く、従つて控訴人はなお間接占有を有していたものの如くうかがえないこともないため許されないかも知れないが、しかし昭和二十九年六月当時には係争建物部分は何人の事実的支配にも属しておらなかつた状態が明確となつているので、当時所在不明であつた控訴人に直接占有が存しなかつたことはもちろん、奥田、出町等の占有もまた失われており、結局、控訴人は係争建物部分につき、いかなる態容の占有権も有していなかつたものと認定すべきである。この認定に反する原審における久保源次郎の証言は措信できず、他にこの認定を左右するに足る証拠は見当らない。

してみれば、被控訴人の前記占有取得は、控訴人の占有の違法な侵奪を以て目せられるべきものでなく、もとより控訴人のいうような権利濫用を云々される性質のものではない。のみならず、一般に、占有物が侵奪され、一たん占有回収訴権が発生したような場合にあつても、後日確定判決によつてその物の回復を請求しうる侵奪者の権利の存在が確定されるに至るときは、被侵奪者の有する回収訴権は爾後消滅に帰するものと解するのを相当とすべきところ、控訴人は、すでに被控訴人より別訴において係争建物部分を含む前記建物の無断転貸を理由とする解除による賃貸借契約終了を原因として同建物の返還を訴求され、これを正当と認めた被控訴人勝訴の確定判決を受けており、このことは控訴人の明らかに争わないところである。徒つて、いずれにせよ、控訴人は係争建物部分につき占有回収を求めうる権利を有せず、その請求はこれを認容することはできないものといわなければならない。

二、次に、控訴人は前記昭和二十九年六月以降月二万円ずつの営業上の得べかりし利益を喪失したとし、これを占有権の侵害による損害と構成してその賠償を請求する。しかし、右時期に控訴人に占有権はなく、従つて被控訴人に占有侵奪の事実がないこと前認の如くであるから、この請求の認容し難いことも明白である。

よつて、控訴人の請求はいずれも理由を欠き、これを棄却した原判決は相当というべきであるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用の上、主文の通り判決する。

(裁判官 藤井経雄 西塚静子 萩原太郎)

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